第73回 芥川騒動、前篇。
7月☆日
ところで、以前は選考の10日前ぐらいに候補がマスコミ発表やったのが、前回から1カ月前に発表になったのであっちこっちで「おめでとうございます」と言われる。候補になると1カ月ちょっとくらいまえに連絡が来て(いろいろ準備がありますからね)、マスコミ発表までは「ご内聞に」て言われるのですが、わたし、こういうとこは文字通り守らなければと思ってほんとに誰にも言わなかったら仕事関係の人はだいたい知ってはって(いろいろ準備がありますからね)、仕事上知らせなあかんこともあるし、「誰に言うたらあかんくて誰に言うてええのんかわからへん」と悩んでいたのは軽減されたんですが、その分、まだ受賞してない状態で「おめでとう」と言われてなんて返したらいいのやら、と別の迷いがふえることに。
自分が直接関係してない賞のことをあまり「よう知らんけど」なんは当然のことでありまして、そこでちょっと解説。
芥川賞は、純文学で、文芸誌に掲載された新人の短編(だいたい60~200枚ぐらいやけど例外もあり)、 直木賞は、エンタメ(大衆文学)の単行本が対象。 めっちゃざっくりやけど。
どちらも「応募」はしません。条件満たしてるものの中から日本文学振興会というところが選びはるんですね。候補に決まると「候補にしていいですか?」と電話がかかってきます(2007年に1度目の候補になったときはまだ速達でした)。
だから、取材とかで「4度目の挑戦」「今回は残念でしたね、次こそ芥川賞目指して」なんて言われることが重なると、目指して書いてるわけではないです、とつい思ってしまうこともありますね。
ほんで芥川賞は「新人賞」ってこともあるしね(新人というとスポーツやレコード大賞の今年デビューを連想されると思いますが、新進気鋭の、くらいの意味が近いのかなあ。はっきりした規定はないようです)。
いい小説を書けて結果的に賞をいただけるのはもちろんうれしいことやし、候補になったからにはそら受賞のほうがええなと思うのですが、そのために書くとか目標が「賞」っていう作家はあんまりいてないと思うなー。このへん、オリンピックとか客観的に一目瞭然の競技とは全然違うとこですね。と、まあ、そんな説明をするのは、ときどき近所のおばちゃんとかから「芥川賞と直木賞同時にとってや!」などとむちゃぶりをいただいて、えーっと、それは無理なんです……ということで。
でも今回は、候補になるっていうのは、わたしの小説を読んでよかった、おもしろかったって思ってくれる人がいるって実感できることやし、受賞じゃなくても「おめでとう」言われたらフツーに「ありがとうございます」って受け取ったらええんやな、と思いました。
7月☆日
で、どこで連絡待ちをしようかなーと。三島賞と野間文芸新人賞を入れると連絡待ちするのは9回目。そのうち受賞は1回で、そんなに縁起を担ぐ性格じゃないけど、なんとなく前回と違うほうがいいかなっていうのはあるんでだんだんネタが尽きてくる。大勢待ちも一人待ちもしたし、あの店もあの店も行ったしなー。 これ、なんで待ち会するかというと、受賞が決まったらすぐ記者会見せなあかんからですね。それがない賞は、待ち会やらずに普通に連絡が来ます(『その街の今は』でいただいた3つの賞はこのタイプ。いきなり連絡のほうが気楽でいいなあ)。 ほんで、電話かかるところ&1時間以上(長いと2時間半とか)だらだらおってもいいところ、というと選択肢が狭まる。ぎりぎりまで迷った末、あ、銀座の[サンボア]に市岡高校の同期がいてたなー(今は辞めてるけど。サンボアは市岡人脈があるらしい)→でも銀座店はええお店やけど地下やから長時間待つのは気詰まりかもなー→サンボアのサイト検索→あ、浅草店があるやん、浅草好きやし浅草にしようっと、となりました。
7月☆日
いよいよ当日。最初からバーに行くと飲み過ぎるんで、いったん[アンヂェラス]へ。確か手塚治虫もお気に入りやった渋かわいい洋菓子喫茶店。担当者と二人でプリンアラモードとケーキを食べながら、ひたすらに関係ない話、気を逸らし続けて1時間。アンジェラスは閉店時間になって、サンボアへ。山崎ハイボールを飲み、またもひたすら関係ない話。と、やっとiPhoneが鳴った! しかも知らん番号! 受賞ならずのときはいつもの担当者の携帯からかかってくるから名前が表示されるけど、受賞のときは会場の人からかかってくるから知らん番号なんですよ! あ、と思ってとっさに、目立ってた赤いマーク押したら、切れましたね。当然ですね。えー、わたし「拒否」じゃないのに、とめっちゃ焦りつつ、同じく焦っているであろう担当者も、「どこからでしょうね、またかかってきますよね」と話を逸らすも、かかってこない。しらじらしく別の話をしつつ心ここにあらず。……5分近くたったでしょうか。さっきの番号から再び着信。今度こそ落ち着いて緑のマークを押しました。
ありがとうございます。
お祝いに乾杯しましょう、と担当者がシャンパンを頼んでくれましたが、緊張のあまりぜんぜん飲めず。
浅草サンボア、いいお店でした。
7月☆日つづき
タクシーで帝国ホテルへ。車中でまずは実家に電話せな、とiPhone取り出したら、おめでとうメールががんがん入ってくる。実はサンボアにおるときすでに、受賞電話の3分後にはもうメールが来てびっくり。最近はニコニコ動画で予想会や会見を中継してるし、Twitterもあるしで情報が速い! 7年の間にIT発達したなーと感心してるうちに母から電話が。「近所の人がニコニコ動画見てて教えてくれた」。そうかー。
たどり着いた会見場。あれ? 思ってたのと違う? 芥川・直木賞の会見といえば東京會館でニュースとかの映像を何回も見てあそこに行くんやと思いこんでたら、東京會舘は建て替えるそうで前回から帝国ホテルに変更。今までのこぢんまりというか親しみのある感じと違ってどーんと豪華で広い部屋やし、壇が高くて記者さんが遠い。ほんですごいカメラの数っていうか、思ったよりテレビが多い。このニュースってそんなにテレビでやってたかなあ、と考える余裕もなく、そしてそのときはお隣の直木賞受賞者の黒川博行さんとご縁があるとはまったく思わず(この話は次回に……)、相当混乱していまして、受賞したら第一声は「直木三十五の高校の後輩です」にしようと思っていたのにきれいさっぱり忘れて、めっちゃまじめなことばっかり答えてもうた。会見の様子、たいていの人には「落ち着いてましたね」といわれましたが、よう知ってる人、長い付き合いの人には「固まってたね」と言われました。
そのあと、選考委員のみなさんにお会いして(このときに食べた帝国ホテルのカツサンドめちゃめちゃおいしかった)、2次会には編集者や作家の友人がたくさん来てくれて、喜んでくれる人が増えたのは仕事して長く経ってからの受賞でよかったことやなー、としみじみしました。
受賞したらええなと思ってくださったみなさま、よろこんでくださったみなさま、仕事にかかわってくださったみなさま、なによりわたしの小説を読んでくださったみなさま、ほんとうにありがとうございます。
次回は、受賞のその後の思い出し日記でお送りします。
プロフィール
柴崎友香(しばさき・ともか)
1973年大阪生まれ。映画化された『きょうのできごと』で作家デビュー。2007年に『その街の今は』で第57回芸術選推奨科学大臣新人賞、第23回織田作之助賞大賞、第24回咲くやこの花賞受賞。2010年に『寝ても覚めても』で第32回野間文芸新人賞受賞。2014年に『春の庭』で第151回芥川龍之介賞受賞。著書に『青空感傷ツアー』『フルタイムライフ』『また会う日まで』『星のしるし』『ドリーマーズ』『よそ見津々』『ビリジアン』『虹色と幸運』『わたしがいなかった街で』等多数。
公式サイト:http://shiba-to.com/
権田直博(ごんだ・なおひろ)
1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
キレイ:https://naohirogonda.tumblr.com/
風呂ンティア:https://frontier-spiritus.blogspot.jp/
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