第119回 必死のパッチを誰も知らないとは!
8月☆日
せや、めっちゃ重大なこと書くん忘れてた!
7月にとあるイベントに参加した帰り、いっしょに歩いてた作家さんから、「柴崎さんて、“必死のパッチ”って使いますか?」と聞かれた。わたしはごくごくフツーに「使いますよ。まあ、最近はあんまり言わないですけどね」と答えた。その作家さんは10歳ほど年上なので、今どきも使うのか聞かれたと思ったのだった。そしたら「ほんとにある言葉なんですね」。……え? ……え!? 「必死のパッチですよね? 使わないですか?」「初めて聞きました」ええええーっ!!! その場にいたほかの人たちも「必死のパッチ? なんですかそれ?」「どういう意味?」……。
その場にいた10人くらいが、誰も知らないと言う。ここはパラレルワールドですか!?
即Twitterで質問してみると、関西人しか知らないらしい……。名古屋ですら通じない。そもそもパッチもそないに言わへんとか。
まじですか!? ばりばり標準語やん。あたり前田のクラッカーとかは全国区でしょ? 必死のパッチって、めちゃめちゃ日常に浸透してる言葉ですやん!
東京に来て15年、いまだにたまーに「これって大阪弁なんや」「あれは関西しか売ってないねや」ということにちょいちょい出くわすけど、まさか必死のパッチを誰も知らないとは! そして検索してみても出てくるのは阪神の矢野のインタビューばっかり……。えー……。
あれから半年近くが経とうとしていますが、まだショックから立ち直れてません。
8月☆日
久慈に行きました。
以前から交流のある上田岳弘さん原作、渡辺えりさん演出の『私の恋人』が、のんさん主演、そして『あまちゃん』の舞台である久慈で公演があると知り、それはせっかくなら久慈まで行かないと、ということで、初久慈、というか、岩手県も降り立つのは初めて。
八戸からローカル線で海沿いを南下。東北の海ってほんまきれいなんよね。久慈は小さい静かな町で、あちこちに『あまちゃん』のファンアートが。公演が行われる久慈市文化会館アンバーホール(琥珀が採れるからアンバーね)へ向かう。なんか黒川紀章っぽい建物やなーと思ってたら、タクシーの運転手さんが黒川紀章が設計したと教えてくれた。一目でわかる紀章感、すごい。
上田岳弘さん原作+渡辺えりさん演出では2018年に『塔と重力』原案の「肉の海」を観てて、そのときも、めっちゃ意外な組み合わせやけどどうなるんやろ、と全然予想もつかず、そしたらほんまに予想を遙かに超えるというかあの小説からこんな発想がどんどん湧いてくるってどうなってるんやろと衝撃を受けたのでした。今回は、そのときよりは原作小説の骨組みを受け継ぎつつ、時空を超えて展開する人類の歴史に満州や東北の震災まで混じり合い、さらにそれをのんさん、渡辺えりさん、小日向文世さんの3人で演じるという、時間も膨大な記憶もだーっと観客の体に流れ込んでくるような体験でした。
8月☆日
翌日は、まず「久慈地下水族科学館もぐらんぴあ」というところへ。水族館なんやけど、実は岩盤の下をくりぬいて石油備蓄基地があり、そこに石油の資料館が併設されてた。有事に備えて日本全国に12カ所、地下や海上に備蓄基地があるそうで、一人一日どのくらい石油使ってるかとか、何日分備蓄があるかとかわかりやすく展示されてるねんけど、まあ、なんかあったらすぐ死ぬなーと思った。エネルギーは大事に使おう。水族館は小さいんやけど、地元のお母さん方が作った魚のぬいぐるみみたいなのがようさん展示&販売されてて、魚よりこれを是非見てほしい!
そこから、三陸のリアス式海岸を南下し、ジオパークやら「あまちゃん」でウニ採ってたとことか聖地巡りをし、道の駅で海鮮ラーメンを食べ、釜石から盛岡へ向かったのですが、岩手、めっちゃ広い! 関空ができるまで面積最小都道府県だった大阪で育ち、現在最小県である香川県がルーツの狭小民なわたしには、スケール感の違いに驚かされる。岩手県は北海道の次に広い県やもんね。途中の道の駅で食べたみそソフトクリームがおいしかった。
夜は、盛岡に泊まったのやけど、こないだも書いたみたいに、ここも昭和の地方文化の豊かさを感じさせてくれる街やった。日本酒がおいしいという店を調べて行ったのやけど、お店の人が一言しゃべった瞬間に聞いてしまいました、「もしかして関西の方ですか?」。お店をされてる方は京都の人で、だし巻きも関西風でめっちゃおいしかった。去年行った八戸でもお店の料理してはったおにいさんが京都の人で(関東で知り合った奥さんが八戸出身で八戸に来たそう)、やはりなにか引力みたいなものがあるのやろうか。そして、言葉にちらっとでも関西アクセントが混じってると「関西ですか?」と聞かずにいられない大阪人なのでした……。
9月☆日
世にはみんなタイトルは知ってるけど実際に読んだ人は少ない本ってあるよね。めっちゃ超大作とか難解とか古典とか。その代表でもある、マルセル・プルースト『失われた時を求めて』。岩波文庫で新訳が刊行中なのに合わせて、立教大学で読破するイベントが3年越しで行われており、そのゲストに呼ばれたため、読んでいるのですよ『失われた時を求めて』を。10年近く前に一回チャレンジして、5巻で止まっていたのを、こういう機会がないと読み通せないかもと思い、再開。全14巻の13巻まで読みました(複数翻訳が出てて、文庫によって巻数は少し変わります)。プルーストとおぼしき人物の少年時代からの回想と恋愛の幻想と幻滅と芸術論がおもな内容で、文章自体はそんなに難しいタイプではなく、読み始めると意外に読めます。絵画や文学に興味ある人だけでなく、恋愛模様とか、貴族や金持ちたちの見栄の張り合いみたいな部分も楽しめると思うのやけど、いかんせん長い。7編に分かれてて、第2部の「花咲く乙女たちのかげに」あたりは恋愛の妄想と風景のおもしろさで読みやすいのやけど、第3部の「ゲルマントのほう」の後半ぐらいがちょっとダレます(またこれが長い)。でもその次の同性愛のテーマが前面に出てくる「ソドムとゴモラ」からはまたおもしろくなってそこから第一次世界大戦に突入していく終盤はわりとさくさく読める。登場人物たちに長らくつきあうからこそのおもしろさがあるし、時代の変遷とか現代につながる社会や芸術観の語りも読み応えあるので、興味はあるけど読みにくそうとハードルを感じてる方はとりあえず読み始めてみるのをおすすめします。そして「ゲルマントのほう」の後半はいったん飛ばして、最後まで読んでから戻ってもいいかなと(そうすると、「ゲルマントのほう」のおもしろさとか、長さの意味もわかる)。どの文庫も、それぞれ詳細な解説がついてるので、それを頼りに読めます。
9月☆日
大丸心斎橋店のオープニングセレモニーに呼んでいただきました。2015年末に休館、建て替え工事が始まってから、どうなるのか気をもみまくっていた大丸本館。正直、建て替えと聞いたときにはあまりにショックが大きくて夜も寝られませんでした。こんなに素晴らしく美しいヴォーリズ建築を壊すはずがないと思いつつ、この何年か、大阪でも東京でもすごい近代建築があっさりがんがん壊されてきたので、すごい不安でした。
春頃に、工事の覆いから本館の壁が見えたときには、御堂筋で思わず涙しました。そして完成した本館。御堂筋側外壁は完全に保存されてたし、わたしが特に好きな御堂筋側玄関の間の天井や、御堂筋側・心斎橋筋側玄関のステンドグラスはそのまま移築され、1階の豪華な天井やエレベーターホールも可能な限りレプリカで復元されていました。中2階や(壁部分は装飾として再利用)、階段もなくなったし、そのままではないところもあるけれども、ここまでやってくれてよかった、と思いました。それは元の建物のままずっとあるのがいちばんやったけども、たくさんの人がこの建物、細部に多大な愛を持ってたってことが感じられて、胸が詰まりました。工事の前に、外壁は煉瓦を一つ一つビスで留めるとうかがってたのですが、近づいて見るとほんまに小さいビスが打ってあり、すごい大変な工事やったんやろなあと思った。
大阪は、ダイビルもいったんは完全建て替えだったのが、元の素材を使ってちょっとスケールを変えて復元されたり、だんだん流れが変わってきてるのかなとも思う。すごい建物たくさんあるので、ちゃんと残して生かしてほしい。
9月☆日
大丸のオープニングセレモニー、すぐ前にコシノヒロコさんが座ってらしたのやけど、あまりにかっこよくて衝撃やった。シンプルな真っ赤のトップスにシルエットのきれいなパンツ(この上下はご自分のデザインかな、ナイキのスニーカーで、びしっと決まってたというか、もうそこらへんの人とはぜんぜん違う、美しくきりっとした立ち姿。うわー、こんな人が世の中にはいてはるのや、こんな人を見てたらがんばろうと思えるなあ、やる気出てくるなあ、と心底勇気づけられました。帰ってから検索したら(失礼ながら)、なんと82歳!! えーっ!70代にしてもめっちゃ若く見えると思ってたのに、すごすぎる……。こんな人が存在して、今も現役でお仕事されてるのは、ほんま希望や。がんばろう。
9月☆日
この日記の第116回で便利な掃除道具について書いたところ、作家のごはん会で、あれわたしも買う! といろんな人に言われた。充電式の掃除機とかフローリングで使えるコロコロとか。その後、実際使ってみた喜びの声もいただきまして、書いてよかった、お役に立ててよかったです。
わたしのほうも、テレビドラマがなかなか見れない愚痴を書いてたら、便利なサイトとかアプリとかあるよと教えてもろたりして、リアルで交流ある作家や友だちとのこういうコミュニケーション、なんか妙にうれしい。
プロフィール
柴崎友香(しばさき・ともか)
1973年大阪生まれ。映画化された『きょうのできごと』で作家デビュー。2007年に『その街の今は』で第57回芸術選推奨科学大臣新人賞、第23回織田作之助賞大賞、第24回咲くやこの花賞受賞。2010年に『寝ても覚めても』で第32回野間文芸新人賞受賞。2014年に『春の庭』で第151回芥川龍之介賞受賞。著書に『青空感傷ツアー』『フルタイムライフ』『また会う日まで』『星のしるし』『ドリーマーズ』『よそ見津々』『ビリジアン』『虹色と幸運』『わたしがいなかった街で』等多数。
公式サイト:http://shiba-to.com/
権田直博(ごんだ・なおひろ)
1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
キレイ:https://naohirogonda.tumblr.com/
風呂ンティア:https://frontier-spiritus.blogspot.jp/
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