大阪とコロナ禍の軌跡、危機に直面した府職員がとった行動は

2020.5.31 09:30

今回のコロナ禍で大阪独自の策を講じた健康医療部

(写真15枚)

「宣言解除の一番の理由は『府民の協力』」

5月に入ると、陽性者数よりも退院者数が多くなり、陽性者は確実に減っていった。そして5月14日、「大阪モデル」による独自基準をクリア。各施設では休業要請が「緩和」となり、通天閣や太陽の塔など各所が初めて緑色でライトアップされた。

この日初めて緑色にライトアップされた「通天閣」(5月14日・大阪市浪速区)
この日初めて緑色にライトアップされた「通天閣」(5月14日・大阪市浪速区)写真/バンリ

藤井部長は「走り抜けた」1月から5月までの約半年間についてこう語る。「大阪が初めて緑に点灯できたとき、大阪のみなさんが本当に協力してくださったからだと思った。大変かといわれれば大変だった。でも、コロナに関わっている人はみんな大変だったと思う。健康医療部は一部業務を縮小した他部局から10人で25班、合計250人の応援が来てくれ、保健所や府内、府外、いろいろな方が全力で対応してくれた。病院医療も、宿泊療養に協力してくださったホテルも、PCR検査に協力してくださった機関も、府からの大変なお願いに対応してくれた。たくさんのみなさんが協力してくれたから第一波を乗り越えることができたと思う」

「大阪の陽性者が0に。吉村知事と府職員たちの関係性」

大阪府では5月18日に3カ月ぶりに新規陽性者が0となり、その後も、再陽性があったもの新規感染者は1か0を推移。6月1日から府内全域で要請が解除されることになった。

コロナ発生から今日までの吉村知事との関係性について藤井部長は、「知事とは『府民の命を守る』ことを第一に、一貫して意識を共有できた。今どういうことが起こっていて、解決できているものもあれば、解決できないものもあるということ。自身の発信力で自粛要請や医療物資、マスクやフェイスシールドなど提供の呼びかけを報道を通じておこなってくれた。国に対しても、健康医療部の要望や意見をすぐに伝えてくれた。医療部、府職員とは気持ちが一致させることができていた」と振りかえる。

「次の波に向けて、検査体制や医療の確保など、私が責任をもって備えをする」と藤井部長(5月28・大阪府庁)
「次の波に向けて、検査体制や医療の確保など、私が責任をもって備えをする」と藤井部長(5月28・大阪府庁)

「第2波が来るために備える。そのスタートは切っている」

これまで健康医療部を含む府職員たちは毎日、深夜までコロナ対策に全力で対応してきた。藤井部長は、「次々と局面が変わることに全力で対応している間、仕事がどうとかまったく考えなかった。やっと減ってきたなと思い、そういえば深夜まで仕事してたなと・・・。今、本当にこの1週間で思いました」と笑う。

今後については、「これで気を緩めることは決してない。第2波、第3波が必ず来る。次の波に向けて、検査体制や医療の確保など、私が責任をもって備えをする。そのスタートは切っています」と頼もしい表情を見せた。

取材・文・写真/岡田由佳子

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