コロナ禍にこそ振りかえる、神戸の伝説バー・サヴォイとは
コロナ禍の影響で、宴会のみならずリフレッシュのために訪れることすらままならない街の酒場。こんなときだからこそ、賑わっていた時代をプレイバック。神戸の「伝説のバー」と呼ばれて久しい「サヴォイ」とその創業者について振りかえる。
「バーを知り、こんな世界があるのか」
現在、バーテンダーの技能コンクールで日本一を狙う、神戸のバー「サヴォイ オマージュ」(神戸市中央区)の森﨑和哉さん。大学時代、レストランでアルバイトをしていた彼は、あるとき店の主人に誘われ、初めてバーに足を踏み入れる。「体育会系で勢いのあるノリで過ごしてきたから、バーテンダーの振る舞いがかっこよくて、『こんな世界があるのか』と衝撃的だったんです」。
そのときのバーの光景が頭から離れなかった森﨑さんは、なんと下宿先も「改造」してしまう。「畳をひっぺがして床をふいて、工事現場から板をもらい、知人にボロボロの冷蔵庫をもらって・・・。そこでお酒を冷やして友だちを呼んで、バーテンダーごっこをしてましたね」。
とはいえ、あくまで将来の目標は体育教師。バーは趣味として楽しんでいた。しかし、大学4年生の秋に教育実習を終えたあと、立ち止まって考えたという。
「当時は体育教師の採用枠がすごく少ない時期だったこともあり、浪人を覚悟してまで教師になりたいかと自問すると、ふとバーテンダーが頭に浮かんだんです。職人という感じがかっこいいし、なろう!と思って」。
しかし、どうやってバーテンダーになればいいのかわからない。ヒントを探しに本屋に行くと『カクテル・ブック』という本が目についた。著者の上田和男氏は東京・銀座のバー「テンダー」(現在、移転準備中)のオーナーで、バーテンダー業界ではカリスマ的な存在だ。
その本を読んで共感した森﨑さんは、上田さんに手紙を書いた。「弟子入りしたいというより、どうやったらバーテンダーになれるのかを教えてもらいたかったんです。とはいえ、本当に返信が来たときは驚きました」。
上田さんからの手紙には「バーテンダーは空きがないとなれず、自分の店もあいにく新人を取ったばかり。でも、関西にもいいお店があるので紹介します」という内容が記されていた。
「そこに書かれていたのが、サヴォイでした。さっそく手紙を持って、小林省三マスターに会いに行ったんです」
サヴォイのことは、切り絵作家の成田一徹さんの著書『to the Bar』で知っていたが、客として行ったことはなかった。知らない店にいきなり弟子入りを志願する森﨑さんの潔さには、少々驚かされる。
「断られた弟子入り志願」
銀座のバーテンダー、上田和男さんの「紹介状」を手にサヴォイを訪ねた森﨑さんだが、人手が足りているからと弟子入りを断られてしまう。森﨑さんを近くのビアパブに連れ出した小林さんは「うちも余裕がなくて、申し訳ないけど雇ってあげられへん」と、代わりに大阪のバーを紹介した。
その足ですぐさま、指定された大阪のバーに向かったが、そこでも「大阪はどこも空きがない」と言われてしまう。やっぱりバーテンダーにはなれないのか・・・。気落ちしかけたとき、そこで働く若いバーテンダーに声をかけられた。
「僕は全国のバーを飲み歩いて、このマスターの元で働きたいと思って九州から出てきました。でも弟子入りするまでに、3度断られたんですよ」
それを聞いて「1回くらいで諦めてどないすんねん」と気持ちを奮い立たせた森﨑さん。店主も「もしかして小林さんも、君を試してるのかもしれないね」と背中を押してくれた。
そして次の日。もう一度サヴォイに行き、「給料はいらないので勉強させてください!」と懇願した森﨑さん。その姿を見て、小林さんは「そこまで言うなら」と雇い入れることを決めた。そのとき「義久、この子をしっかり指導しなさい」と教育係に命じられたのが、小林さんの一番弟子でカクテル「ソル・クバーノ」の生みの親、現在も「サヴォイ北野坂」「サヴォイ イーストゲート」を営む名バーテンダー、木村義久さんだった。
ジェットコースターのような2日間を経て、森﨑さんのバーテンダー人生が始まった。2000年春のことである。
「マスターがトイレの便器を舐めた!?」
サヴォイでの修業は厳しかった。小林さんは弟子の動きをよく見ており、ひとつ1つの行動に「なぜそれをしたか」と理由を問うてくる。
とくに厳しかったのがそうじだ。サヴォイでは、トイレそうじは下っ端ではなくマスターの仕事。なぜならトイレはお客さんが素に戻り、女性なら化粧直しもする、店のなかでもっとも大切な場所だから。
森﨑さんが入店して間もなく、小林さんのトイレそうじを見せてもらったことがある。マスターは清掃後の便器を指でこすり、その指をペロリと舐めてみせた。「それほどまでに美しく磨くのか」と、大きな衝撃を受けたという。
しばらくして後輩が入ったとき、マスターがトイレそうじを見せる機会がやってきた。後輩が「洗礼」を受けるのを楽しみにしていた森﨑さんだが・・・。横から見て知ってしまったのだ、マスターの指は便器をこする「フリ」をしていただけだったということを。
このエピソードからもわかるように、小林さんのチャーミングな人柄のおかげで、厳しくも楽しい修業時代だったいう。
「伝説のバー、といわれるゆえん」
神戸には名店といわれるバーが多いが、なかでもサヴォイが「伝説のバー」といわれていたのはなぜだろうか。
「やっぱり小林マスターが、1970年の大阪万博カクテル大会で世界チャンピオンになったこと(カクテル「サン・エキスポ」)、1980年のサントリー主催大会で木村さんが日本チャンピオンになったこと(カクテル「ソル・クバーノ」)は、サヴォイの名前が全国に知れわたった要因だと思います」
この2つのカクテルのように、今ほどフレッシュフルーツをカクテルに使わなかった時代に、オレンジやパイナップルをふんだんに用いていたことも大きいと、森﨑さんは推測する。
「『カクテルラウンジ』と称していて、今のバーよりもっと豪華な感じで値段も高かったんです。1980年代に、カクテル1杯とチャーム(おつまみ)で2500円でしたから。それでも、カクテルの腕とマスターのトークに魅せられて、政財界の人がバンバン来ていた。当時は社費でどんどん落とせる時代でしたからね、ママ(小林さんの妻・鈴子さん)も『〇〇社長が来たら10万円が見えるようだった』と昔を懐かしんでいました」
現代とはずいぶん異なる光景だ。
「でも今はそうじゃないでしょ。時代が変わってきて、ママが体調を崩したこともあり、サヴォイは2006年に幕を閉じました。木村さんも僕もそうした移り変わりを見ているから、今の時代に合わせた、それぞれのサヴォイを作っているような気がします」
「晩年のマスターと東京2人旅」
森﨑さんは2015年に小林さんが亡くなるまで、独立開業した現在の店をときどき手伝ってもらうなどして交流を続けた。なかでも思い出深いのが、すでに認知症の症状が出はじめていた小林さんが「東京の知人たちに会いたい」と言い、2人で2泊3日の東京旅に出かけたこと。
当時、小林さんの世話をしていた木村さんに「(認知症でいろんなことが)わからなくなってるから、連れて行ったら大変やぞ」と諭されたが、「僕が全部面倒を見ますから」と請け負った。
バーテンダーを志した森﨑さんが手紙を書き、サヴォイを紹介してくれた銀座のバーテンダー、上田和男さんの店も、もちろん訪ねた。
「業界では神様のような存在の上田さんですけど、マスターは上田さんより先輩だから、緊張しながらカクテルを作る上田さんの様子がなんともいえなくてね。3人で『こんな日が来るとは思わなかったね』と言い合って、僕、泣いてもたんです」
いい指導者との出会いが、いかに人生に実りをもたらすか。森﨑さんの話から、それを感じずにはいられない。
「ふたたびコロナが猛威を振るうが・・・」
3度目となる現在の緊急事態宣言。バーを含む酒場の多くは、国の要請で休業を余儀なくされている。
ウイルスの波が来たり収まったりという状況は、あと何年か続くかもしれない。そう水を向けると森﨑さんは「サーフィンみたいに、波に乗りますよ」と明るく答えてくれた。
バーというと「大人の空間」「入りにくい」というイメージをもつ人も少なくないだろう。しかし、バーテンダーの「テンダー」は「やさしさ」の意味。勇気を出して扉を開けると、そこには安心とホスピタリティが約束された空間が広がっている。
お酒が弱い・飲めない人にも、それに合わせたカクテルを提供するのがバーテンダーの腕の見せどころ。横並びのカウンターで静かにゆっくり飲むのは、飛沫感染防止の観点からも低リスクといえる。
食事の伴としてではなく、純粋にお酒とバーの雰囲気を楽しむ。そのひとときがきっと、心に小さな光を灯すだろう。
取材・文・写真(現在の人物)/合楽仁美
SAVOY hommage(サヴォイ オマージュ)
住所:神戸市中央区下山手通5-8-14山手ダイヤハイツ1F
営業:16:00〜23:30(LO23:00)・日曜休
電話:078-341-1208
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