書店を続けたかった・・・江戸時代から続く老舗の幕引き担う思い
1816年に三重県の伊賀上野で出版業から始まったとされ、創業205年とも伝わる(公には1867年創業)「桂雲堂豊住書店」(奈良県奈良市)が、10月31日でその長い歴史に終止符を打つ。
今年の8月25日、店主・豊住勝郎さん(享年85歳)が亡くなられたことから閉店することになったが、生前から勝郎さんは、高齢を理由に来春で閉店(廃業)を2022年春と決めていたそうだ。
ただ、突然閉店してしまっては、これまでのファンがお別れを告げることができないと、息子である東京都在住・豊住勝輝さん(55歳)が、勤め先を休職。現在は、奈良で2カ月にわたり臨時の店主として同店を切り盛りしている状況だ。最後の幕引きを担うこととなった勝輝さんに「本を愛し、地元に愛された父・勝郎さんの姿」や「書店への思い」についてお話を伺った。
「クオリティを維持するのは相当難しい」
──長年の地元のご常連だけでなく、奈良関連の書籍や文化財・歴史・美術等に関する専門書も多く取り扱っていることから、ご常連には県内外の奈良ファンや研究者も多いそうですが、「このまま継いで欲しい」との声も多かったのでは?
その声は、たくさんいただききました。お客さまからの話だと、大型書店は題名で本を探すことが多いですが、父は題名が分からなくても、お客さんと会話をしながら、相手が求める本を探し出し、『注文しておくね』とすすめていたと聞いています。
そのクオリティを維持してお客さまの求めていることに私が応えるのは相当難しいことだと思います。何十年もやってきた経験とおすすめできるくらいの知識が無いと、この「桂雲堂豊住書店」を引き継ぐことはできないと実感しました。
──とはいえ、本好きから愛された書店だけに、継ぐことを考えられた時期もあるのでしょうか?
本の小売りだけでは、なかなか食べていけません。うちの一番の売り上げは教科書の取次だったのですが、私が継ごうかどうしようか悩んでいたときには、父はすでに(教科書の)取次の権利を返してしまっていて『もうあかんで』と言われましたね。
──SNSでは、「大好きな本屋さんでとても残念」「いつもそこにあると思っていたお店がなくなるのは大変残念」「こどもの頃からよく本を買いに行き、大切な書店でした」というコメントともに、「気さくな店主夫婦だった」など、ご両親への思い出の声も。
本当に多くの方からありがたい反応をいただいて、こちらも感謝の思いでいっぱいです。母は、父とは違い経理や営業にまわって、それぞれのポジションで別の役割を担っていました。ただ、ここ2~3年は母は病に伏せて、父は母の仕事と介護、さらに自分の身のまわりのこともすべて一人でやっていました。
でも、そんななかでもしんどい素振りを一切見せず、亡くなる直前まで、いつも元気だったので・・・。父が亡くなったのは、母が亡くなってから、ちょうど1カ月後だったので、後から思うとそうとう精神的にきつかったのだと思います。僕がせめてできることは、このお店の最後をちゃんと見届けることです。
「長い歴史を終わらせる役目が自分になるとは・・・」
──やはりファンにとっては、最後のお別れができるのはうれしいと思います。新書だけでなく絶版の書籍も扱い、研究者が常連になるほど、本に対する並々ならぬ思いが感じられるラインアップでした。
書籍の充実ぶりは、祖父と父の趣味の部分が大きいです。父はとにかく本が好きで、暇があったら本を読みたい人。なかでも歴史本と料理本が多く、家も本屋並かそれ以上に本だらけで、玄関から廊下、ベッドまわり、トイレのなかも買い集めた本がいっぱいでした。救急車で運ばれる時も文庫本2冊をポシェットに入れていったくらい。
看護師さんから、『本を読むからメガネを持ってきて欲しい』と連絡を受け、そんなにも本が読みたいのかと。その文庫本は棺桶に入れたので、天国まで本を持っていきました。愛する本に囲まれて、家業としては最高の人生だったと思います。
──ご自身で改めて「桂雲堂豊住書店」を見つめなおしていかがでしょうか?
自分では、普通の町の本屋さんという意識が強かったのですが、逆にお客さまから歴史を聞いて、改めて家系図を見たら、ものすごい歴史があったことに気付きました。ことの重大さを今さらながら感じています。これは責任重大だぞと。まさか長い歴史を終わらせる役目が自分になるとは思ってもいなかった。閉めることが本当に辛いです。
終わるにしても、感謝をしてくれる方々の思い出のなかに祖父と父の姿を残すことが大切かなと。すべてをきれいに閉めることで、思い出もきれいに残ると思います。亡くなってからで申し訳ないですが、両親への最後の親孝行というのが僕の気持ちです。
◆
10月31日の夜6時で通常営業を終え、長い歴史に幕を下ろす同書店。ただ、その後も出版社ごとに返品作業などは続き、買い取りになる本も多く、本当の終わりまではまだまだ時間がかかるとのことだ。また、店の2階にある歴代の店主達が集めた古書類や亡くなった勝郎さんの自宅の膨大な蔵書もあわせると相当数の本が残るそうで、最後に勝輝さんは、「ただの希望なので、どうなるかまったく分かりませんが、一旦閉めてから残った本で古本屋ができたら」と胸の内を語ってくれた。
取材・文・写真/いずみゆか
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