山の上で本格餃子、神戸の「月見茶屋」が100年の歴史に幕

2023.11.9 08:00

右手が月見茶屋の建物。左手のテラス席ではよく猫たちの姿を見た

(写真20枚)

■ 10月いっぱいで引退されるという知らせ

初めてその味を知って以来、天気のいい日に高取山に登っては、おいしい餃子をいただいてきたのだが、ある日、その「月見茶屋」の店主・川本さんが2023年10月いっぱいで引退されるという知らせが事情通の友人から伝わってきた。

川本さんがご高齢なのもあり、以前からお店に顔出すと「いつまでやれるか」というようなことをおっしゃっていたので、そんな日が来るのも当然かと思いつつ、いざ最後となると気持ちが落ち着かず、その前にどうしてもあの空間をこの目に収めたいと思うのだった。

長田神社への目印となる鳥居を眺めつつスタート

と言いつつ、私が「月見茶屋」へ行くことができたのは10月下旬で、最終営業日も間近であった。よく晴れた平日の朝、神戸市営地下鉄の長田駅から歩き出した。長田神社へと続く大きな真っ赤な鳥居を眺め、境内の脇を通って北西方向に進んでいくと高取山の登山道の入り口が見えてくる。

山道に入ると一気に勾配がきつくなるが、足元は舗装されているので登りやすい

なんとかがんばって「月見茶屋」の前までやってきた。ドアが少し開いていて、営業はしているようだった。よかった。

ドアには閉店を告げる張り紙があった

中に入ると、店主の川本さんが申し訳なさそうに、「今日は飲みものしか売るものがなくてね」とおっしゃる。聞けば、旦那さんが体調を悪くされ、餃子の仕込みができなかったのだという。もちろん仕方ない。缶ビールをいただくのは問題ないそうだったので飲ませてもらうことにした。

上まで登ってきて飲む缶ビールが美味しいのだ

川本さんが「前に何人かで来たね?」と話しかけてくれた。私が前回来たのは数カ月前だったのだが、そのとき、友人2人と一緒にここに来て餃子をいただいた。餃子を焼いている間、ふと、川本さんが趣味にされている俳句の話になり、私たち3人も一句詠んでみるように言われたのであった。

その時に友人たちと詠んだ俳句

川本さんはできあがった俳句を「ああ、うんうん」と見てくださり、店の壁に作られた本棚のなかから1冊の本を持ってきてくれた。それは『五位の池』という、30年ほど前に作られた句集で、俳人の五十嵐播水さんに師事する俳句会のメンバーで句を寄せ合って作った1冊だという。川本さんもそこに参加していて、本には自作の句がいくつも収録されている。

見せていただいた句集

「野いばらの とげにヤッケの 袖とられ」

「山小屋の 主の語り 星月夜」

「夕涼や 静けさ戻る 山の茶屋」

など、大の山好きだという川本さんらしい素敵な句が並んでいた。 句集を眺めながら俳句の楽しみについてしばらく語っていた川本さんは、ふいに私たちの注文した餃子のことを思い出されたようだった。「ああー焦げた。焼き直すよ」とおっしゃるので、「いやいや、全然、むしろこれが食べたいです!」とお願いしてそのままいただいた。

その時に食べた餃子。見た目には焦げた感じがあるが感動的な美味しさだった
いつもこの鍋で餃子を焼いてくれるのだった

そのときの光沢を帯びた餃子の、外がパリパリして中が熱くモチモチとしたあの美味しさを思い出しながら、私は茶屋のなかのあちこちを眺めて過ごした。

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