交通事故であきらめた夢、神戸で再度…イタリアの郷土菓子店
イタリアの郷土菓子がそろうカフェ&バール「Pasticceria BAR Pinocchio di Calimero(パスティッチェリア バール ピノッキオ ディ カリメロ)」(神戸市中央区)。9月4日にオープンして以来、ラインアップの珍しさと現地さながらの雰囲気で、早くも注目を集めています。
店主・岩本彬さんが、イタリアで出会ったバールそのものを表現した店内に並ぶのは、ザレーティ、パスタ ディ マンドルレ、赤ワインのチャンベッリーネなど普段お目にすることない焼き菓子ばかり。しかもほとんどが1個200円というお手軽さ。
通常なら1点ずつ価格が異なることが多いですが、「値段で選んでほしくないんです。お菓子を買ったお釣りで、『じゃあ、エスプレッソ1杯飲んでいこか』ってなってもらえたら…」と、エスプレッソも200円とうれしい価格設定です。
千葉生まれの彼がお店をオープンしたのは、子ども時代の「神戸」での生活がきっかけ。また、見いだした天職を一度は交通事故であきらめたものの、神戸での人とのつながりで再開できることに。そのいきさつについて、詳しくお話を聞きました。
■小学生の頃から、ジャズ喫茶に通ったのがきっかけ
小学2年生から大学生まで過ごした神戸で、小学校高学年から父親と一緒にジャズ喫茶へ通った岩本さん。その影響から高校ではジャズサックスを学び、大学卒業後サックスの工房に興味を抱いてイタリアへ。
「しかし、行ったタイミングがちょっと悪くて、工房は閑散期。ホテルのカフェでイタリア語の勉強をしながら、見せてもらえる日を待つことにしたんです」。岩本さんのそんな姿を見ていたバールオーナーのマッシモさんから、声をかけられて事情を話すと、住み込みでの仕事を提案され、学生時代にバリスタのアルバイトをしていた経験を活かして働くことに。
マッシモさんのバールで働いている時に紹介されたフランチェスカさんとの出会いが、岩本さんの人生を一変させます。
「ジブリの世界のような空間で、お菓子を作っているんですよ。おばちゃん、おばあちゃんたち8人くらいで木のテーブルを囲んで、お菓子の生地を丸めていたり、『魔女の宅急便』に出てくるようなキッチンの薪オーブンでお菓子を焼いていたり…。どんどんお菓子に夢中になっていきました」
1つでも多くのお菓子を食べてみたいとマルケ州のお菓子屋をめぐり、イタリア菓子が日々の暮らしに寄り添うものだということを実感するとともに、バールという形態のお店が担う街での役割に感動したんだそう。「バールにはコーヒー、アルコールのほかに、新聞やポテトチップスも売っている、そして1日に4回、5回と顔を出すお客さん、ドリンクを飲みながらトランプをしているおじいちゃんたちもいる…。ガヤガヤしていて、なんだか井戸端会議みたいな場所。日本で、そういうお店をやりたい!と思ったんです」。
イタリアで3カ月の滞在を経て帰国した岩本さんは、その後フランチェスカさんから通信教育を受けてイタリア菓子を学んでいきます。教わったレシピでお菓子を作り、完成したものを国際郵便で送る、食べてもらい添削。そんなキャッチボールを5~6年続け、イタリアへも足を運びました。
そして、現地との交流を通して培ったものを集約したお店「パスティッチェリア バール ピノッキオ」を2018年に東京でオープン。オープン前からイベントなどでも話題、店も順風満帆だった矢先に、岩本さんは交通事故に見舞われたのです。
■交通事故で、思うように動けず…手を差し伸べてくれたのは
クリスマスの準備に追われた最中、帰宅中のタクシーが事故。右腕、左足の複雑骨折、脳挫傷…医師からは生きているのが奇跡と言われたそう。長期の入院を余儀なくされた岩本さん。店は惜しまれつつも、やむなく2020年に閉店することに。
退院後、リハビリしていた際に、発覚したのが筋肉、神経など手術後の患部が骨化。投薬治療を受けることになり、再度手術、ペインクリニックで麻酔治療が続く日々。当時の思いを、「快復するのだろうか?右手は動くようになる?足は?もしかしたら立てないのでは?スムーズに快復できず、どうなるんだろう?と不安が募るばかりでした」と振りかえります。
そして、再びリハビリに励んでいたときに届いたのが、百貨店「伊勢丹 新宿店」からイタリア展催事への出店依頼。体に不安を覚えながらも、退院1カ月後の開催とあって、岩本さんは参加を決意します。
「催事でイタリア郷土料理店の先輩や、これまでのお客さまと出会い、改めてお菓子への思いが募りました。それをきっかけに、『彬くんのレシピでお菓子を作らせてもらえないか?』というご提案や、『うちの材料を使ってお菓子を作って欲しい』と言ってくださる製菓材料の企業などもあって、本当にうれしかったです。痛みを抑える治療をおこなっても、数時間後にはまた痛みはじめる足にくじけそうでしたが、まわりの応援を支えに、今できることをしたいと思ったんです」
■約半年間での急展開…神戸だからこそ実現できた
そうして、各地のイタリア仲間の店でのイベントや催事などに参加するなか、大きな転機となったのが、神戸のイタリアン「オステリア カリメロ」の仲村潤也さんと今年4月におこなったイベントです。
「洋菓子の街・神戸で叶うことなら店を構えてみたかった…と思ったんです。すると、仲村さんが『私もより多くのお客さまにイタリア郷土食文化を楽しんでもらえる空間を作りたいと考えている。一緒に神戸を盛り上げませんか』と、体の痛み、痺れが続いている状態の僕に、カリメロの2号店を提案してくれました」
そのオファーを快諾、7月に物件を見つけ、9月にオープンと驚異のスピードで実現。今は、東京時代にも愛用していたイタリアの仲間からの贈り物のオブジェやピノッキオの人形たちが飾られた店内で、フランチェスカさんから学んだお菓子を作り続けています。メニュー、手提げ紙袋(50円)に描かれたピノッキオのイラストもすべて直筆。これもフランチェスカさん直伝のおもてなしの心です。
「神戸は古くから洋菓子を受け入れて来た街だから、異国の味に寛容だと思います。うれしいのは、店近隣の方々が気軽に訪れてくれること。先日は小学校3、4年の女の子が2人連れ立ってきてくれました。おそらく一度お母さんと来てくれたんでしょうね」と、早くも街に溶け込んでいる様子。
岩本さんのレシピは400とちょっと。これからも郷土色豊かなお菓子、季節の果物を使ったもの、ハロウィン、クリスマスなど行事に合わせたものも予定しています。
「これから先、足の状態がどうなるか分からない中、自分のお店を再び構えるのは難しいと思っていました。そんな状態にもかかわらず、機会を与えてくれた仲村さん、そしてサポートしてくれる仲間たちには感謝しております。足の痛みを数時間おさえるための長時間にわたる治療よりも、大好きなお菓子を作っている時間を優先したい。みんなに食べてもらえる方が僕にとっての幸せなんです」
営業は火、水、土、日曜の9時~16時、商品が売り切れ次第閉店、予約不可で現金のみの対応。入店待ちの列ができている際は、周辺への配慮のため待機は5名までとのこと。場所は神戸元町・乙仲通り、JR・阪神元町駅から徒歩約10分。季節限定のお菓子などについてはインスタグラム(@pasticceria_bar_pinocchio)で確認を。
取材・文・写真/いなだみほ
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