ロスの声続出、源氏物語の舞台のひとつ・宇治を『光る君へ』オタが巡ってみた[PR]
平安時代の長編小説『源氏物語』の作者・紫式部(まひろ)の生涯を、吉高由里子主演で描いた大河ドラマ『光る君へ』(NHK)。貴族社会全盛期の華やかな世界の再現に加え、最高権力者・藤原道長(柄本佑)とまひろの劇的な関係も話題を呼び、12月15日の最終回放送後は「ひかきみロス」を訴える視聴者が続出した。そんな人たちにオススメしたいのが、『源氏物語』の「宇治十帖」の舞台になった、京都・宇治の聖地巡礼だ。
「宇治十帖」の古跡を巡るだけではなく、道長の息子・藤原頼通が開創した「平等院」や、道長の時代以前から存在する神社などを通じて、平安時代の息吹を今なお感じられるのが宇治の魅力。1年に渡って『光る君へ』のコラムを担当したライターの吉永美和子が、脳内がまだ「ひかきみ」でパンパンな状態で、この地を日帰りでめぐってみた。
目次
- 降り立つとすぐに「抹茶」天国の宇治駅周辺
- やはり外せない「平等院」、観音堂あたりが道長の邸宅部分?
- 伝説の第42回を疑似体験、実際の宇治川に圧倒される
- 平安時代から信仰されてきた、2つの神社を巡る
- 聖地巡礼で外せないもの…お墓参りに行こう
■ 降り立つとすぐに「抹茶」天国の宇治駅周辺
旅は宇治の玄関口の一つJR「宇治駅」からスタート。ここからすぐに信号を渡って、平等院の参道に至る「宇治橋通り」に入ると、歴史を感じさせる重厚な家屋のお茶屋さんや、さまざまな抹茶スイーツを並べるお菓子屋さんなどが次々と目に飛び込んでくる。第48回でまひろが、抹茶を飲んで微妙な表情をしていたのを、フッと思い出した。
お茶の試飲やボトル入リドリンクの販売をしているお店もあり、歴史好きであると同時にお茶好きでもある私は、ここだけで半日は過ごせそう・・・と妄想が膨らみ出したので、誘惑を振り切って第一の目的地へと進むことにする。
■ やはり外せない「平等院」、観音堂あたりが道長の邸宅部分?
参道をゆっくり見て歩きながらでも、10分ぐらいで世界文化遺産「平等院」に到着した。極楽浄土を夢見た道長の思いを受け継ぎ、道長の息子・藤原頼通が、父の別荘「宇治殿」だった土地を仏寺に改め、鳳凰堂を建立。
10円玉でもおなじみの鳳凰堂は、明治以降に何度か大きな修理が繰り返されたものの、基本的には1052年の創建当時そのまま! ほぼ『光る君へ』と同時代の建物と言っていいわけだから、まるで自分がドラマの世界の中に降り立ったかのような気分となる。
平等院の職員さんいわく、平等院創建以前の別荘がどんなものだったかは、絵図面などが無いためわからないが、これまでおこなわれた調査の結果、現在改修工事中の観音堂の辺りが、邸宅部分だったのでは・・・と推察されているそうだ。また、「当時は宇治川との間に堤防もなく、ほとんど川のほとりと言ってもいい距離だったと思われます」とのこと。第42回でまひろが道長の別荘を訪れるくだりがあったけど、ほぼ眼下に宇治川が見えていたあの光景は、実際の通りだったのかもしれない。
● 父の意思を継いだ頼通、平等院内のミュージアムも見どころ満載
そして『光る君へ』の当時の世界観を理解するならば「ミュージアム鳳翔館」も必ず訪れたい場所だ。ここでは頼通が具現化しようとした、人間が極楽に召されるときに見るとされる風景の解説や、寺の宝物を鑑賞することができる。なかでも、死者を迎える菩薩たちの木像「雲中供養菩薩像」のうち26躯を展示した空間は、その神秘性と同時に、個性あふれる菩薩たちの姿に、思わず魅入ってしまうのは間違いないだろう。
また現在鳳凰堂の屋根に据えられた一対の鳳凰像は、実は2代目で、このミュージアムでは創建時のものを間近で見学できる。細かい羽の部分など欠損はあるものの、1000年近くそのままの姿で、今ここにあることの奇跡を感じずにはいられない。
平等院の職員さんによると、平等院のオススメの拝観時間は、東からのぼった朝日を正面に受けて鳳凰堂が光り輝く、午前中の早めの時間。季節的には、名物の藤の花が咲き乱れる、4月中旬~GWとのことだ。
■ 伝説の第42回を疑似体験、実際の宇治川の大きさに圧倒される
見どころがありすぎて離れがたい「平等院」を後にして、東の方に少し歩くと宇治川の堤防に出る。ここには宇治を舞台にした小説&アニメ『響け!ユーフォニアム』の主人公が愛用するベンチに似た「久美子ベンチ」もあり、こちらもまた、ファンにとっての聖地巡礼のひとつ。とはいえ「ひかきみ」マニアにとっては、やはりここはまひろと道長が川辺で語り合って、ともに生きる希望を見出した、あの伝説の第42回を疑似体験できる場所だ。
あのときまひろは「この川で2人流されてみません?」と道長に聞いていたが、実際の宇治川は想像以上に流れが早くて深さもある。「宇治十帖」でも、入水自殺をはかった浮舟が危うく命を落としかけていたので、まひろの提案は非常に現実味があったわけだ。
そしてここから、北へ3分ほど歩いたところにある宇治橋の横には、紫式部の石像が。道長役の柄本佑は、吉高由里子の十二単姿を初めて見たときに「この式部像のまんまじゃん!」と思ったと話していたけど、そう言われると吉高さんにちょっと似ているようにも思えてきた。
→【第42回コラム】相手を生かすために、精一杯生きる…まひろと道長が再生 「宇治十帖」爆誕の流れに感嘆
■ 平安時代から信仰されてきた、2つの神社を巡る
● 学業成就・受験合格祈願の神様で有名「宇治神社」
宇治橋を東に渡って、京阪宇治駅とは反対方向の右に曲がって再び川岸に沿って歩いていくと、3分ほどで次の目的地「宇治神社」に到着だ。この「宇治神社」、創祀はなんと平安時代よりもさらに古い、古墳時代の313年! 鎌倉時代初期から現存している本殿は、禰宜(ねぎ)の花房正典さんによると、高床の空洞部分に、創祀の物と思われる石の台座があるのだそう。また本殿の一部には、建立当時の塗料がいまだ残っている可能性があるそうだ。
ちなみに本殿とその周辺にいるウサギの像3体を、願いごとを書いた絵馬を持って3周回っている間に全部見つけると願いが叶うというので探してみたが、最後の1体がどうしても見つからなかった。その答は受付で確認することができるけど、思わず「そこかー!!」と膝を折るほどの高難度だったので、ぜひ挑戦を。
● 本殿は現存する日本最古の神社建築として有名「宇治上神社」
そして「宇治神社」からさわらびの道沿いを歩くとたどりつくのが、世界文化遺産「宇治上神社」。この2社はもともと1つの神社だったのが、明治維新の頃に現在のように分社されたとのこと。本殿は平等院とほぼ同時代の1060年代のもので、神社建築としては日本最古だ。
歴史的にも建築学的にも重要な場所だが、その小規模感から「世界一小さな世界遺産」と呼ばれたりもする。神社全体が非常に空気が柔らかというか、居心地の良い清涼感を覚えたのが印象的だった。
ちなみにこの「宇治神社」「宇治上神社」に、紫式部はおろか、藤原道長が訪れたという記録も残っていない。しかし平安時代にはすでに信仰を集めていて、のちに「平等院」の鎮守社になったことを考えると、少なくとも道長が参拝した可能性は、かなり高いように思えた。そして「宇治神社」の本殿からは、宇治川を挟んで「平等院」の姿をチラリと拝むことができるのも隠れた絶景スポットだ。
前出の花房さんは「平等院がつくられているときに、ここの神様は『なんだかあそこに、新しいものができてるなぁ』と考えながら見ていたかもしれないと思うんです。そんな風に『紫式部や道長も、ここに来たんじゃないか?』と想像しながらお参りするのも、楽しいのではないでしょうか」と、平安時代に思いを馳せながらの参拝をすすめてくれた。
■ 聖地巡礼で外せないもの…お墓参りに行きたい
「宇治上神社」から、さらに「さわらびの道」を北に向かって少し進むと、以前紹介した「宇治市源氏物語ミュージアム」がある。そこを左折して、再び宇治川を渡り、さらに数分歩いていくと、スタート地点の「JR宇治駅」に戻って来る。コースにするとだいたい3~4時間ぐらいなので、半日コースとしてはぴったりだ。
このあとは「お茶と宇治のまち歴史公園 茶づな」で宇治茶について学んだり体験したり、宇治川の上流にある風光明媚な「天ヶ瀬ダム」まで足を伸ばすのもおすすめ。そしてやはりもう一つ行っておきたいゆかりの場所がある。聖地巡礼といえばこれなくしては語れない・・・そう、お墓参りだ。
藤原道長をはじめとする、藤原家直系の人々の墓は、JR「宇治駅」から2つ先のJR「木幡駅」の東側に点在していて、まとめて「宇治陵」と呼ばれている。当時は現在のように、墓石のある特定の場所に、代々葬っていくという形式ではない。誰かが亡くなるたびに良き場所に埋めて、目印として少し土を盛るだけという埋葬法だった。
そのためこの周辺には、実に30カ所以上に渡って墳墓が点在していて、本格的な発掘調査がおこなわれていないため、どこに誰が葬られているのかは未だに特定できていない。ただそのなかの「32号陵」が、道長の墓ではないか? と言われたこともあったそうだ。
電車を乗り継ぎ、JR「木幡駅」から結構な坂道の住宅街をゼエゼエ言いながら歩いて、ほぼ5分ぐらいで32号陵に到着した。草木が生い茂った盛り土の頂上らしきところに、「ここはただの空き地じゃなくて墓ですよ」と言わんばかりに、ぽつんと石碑が立っている。こんな小さな、しかもすぐ横には近隣住民用のゴミ収集所があるという生活感あふれる場所に、道長様が眠っているのか・・・と、まひろの気分になってそっと手を合わせた(住宅街なので写真は無し)。
が!!! 平安後期の「康平記」に頼通がこの寺に墓参りに訪れたと記録がある。その内容から、道長の墓が浄妙寺の近い処にあるのではないかと、その当時から言われている。それは32号陵から5分ほど歩いたところにある、現在の木幡小学校である浄妙寺跡地付近。
浄妙寺は道長が建立したお寺で、1937年にこの辺りから重要文化財になっている青磁水注が出てきたり、頼通がこのお寺に墓参りに訪れたという記録があることから、こちらの方を推す声が大きくなっているらしい・・・ということを知ったのは、帰りの電車の中。もし手を合わせるところを間違っていたら申し訳ないです、道長さん。
■ 道長の姉・詮子、娘の彰子や妍子らがどこかに眠っている?
というわけで、どっちも回るのはちょっとしんどいと思われたり、住宅街に押しかけるのは迷惑では・・・と案じられる方は、これらの陵墓の総拝所であり、よりJR「木幡駅」から近い1号墳を参拝しよう。一応ここに来れば、名目上は宇治陵にあるすべての陵墓をお参りしたという形になるのだ。
入口にはこの地に埋葬された、天皇家に嫁いだ女性たちや、彼女たちから生まれた親王らの名前が記載されている。そのなかには彰子や妍子などの道長の娘たち、あるいは道長の出世ロードを作った姉・詮子の名前も見られた。
◇
こうしてロスはすっかり解消された・・・とはならないが、力強く北に向かって流れていく宇治川と、季節ごとに色を変える山々の風景は、きっと1000年以上前からほとんど変わってないのだろう。道長と頼通は確実に、そしてもしかしたら紫式部も眺めたかもしれない景色に触れて、より彼らに親近感を覚えるとともに、「ひかきみ」の余韻もさらに深まるように思えた。
マニアの方々には、ぜひドラマの鮮烈な記憶が褪せないうちに訪れてほしいが、逆に『光る君へ』を見ていない人も、京都市内とはまた雰囲気の異なる名所の数々と、名物の宇治茶(散策の合間に飲んだものがどれだけ美味しかったことか!)を味わいに、ぜひ足を運んでほしい。
取材・文・写真/吉永美和子
提供/宇治市観光振興課
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