京都で制作を続けた…木漆工芸の巨人・黒田辰秋を知る絶好の機会

2024.12.30 10:00

『生誕120年 人間国宝 黒田辰秋―木と漆と螺鈿の旅―』より

(写真11枚)

京都らしさを強く感じさせてくれる喫茶店に、京都大学北門前の「進々堂」がある。学生街らしい客層に加えて、なにより店の雰囲気を強く規定しているのがどっしりとした存在感のある長机と長椅子。これを制作した木漆工芸家・黒田辰秋の一大展覧会が「京都国立近代美術館」(京都市左京区)で開かれている。

■ 仕事全体像を示すだけじゃない…大胆な構成

祇園の塗師屋の家に生まれ、京都で制作を続けた黒田の本格的な展覧会は、そもそもこれまで数えるほどしか開かれていない。最初期から最晩年にいたるまで「仕事の振れ幅が少ない」作家というのも、その理由のひとつかもしれない。起伏のある人生ドラマを追いつつ、作品の変遷をたどるという、回顧展の定番フォーマットに当てはめ辛いところがあるのだ。しかも、作品にはテーブルセットや戸棚などの大ぶりな家具も少なくなく、集めるのも大変だ。

現存する黒田最初期21歳での作品《朱蒔粉塗鹿花文文庫》1925・京都国立近代美術館蔵。黒田は1970年、木工芸で初の人間国宝に認定されている

というなかで、今回の展覧会は展示構成からして大胆な構成を導入。黒田の仕事の全体像を示すだけでなく、あらためてその作品を読み解き、その魅力に深く触れる展覧会となっている。

なによりも黒田が生み出してきた数々の作品には、引き締まった緊張感がある。鑑賞者自身の生活にもどこかつながる実用性のある道具でいて、そのあり様が圧倒的に研ぎ澄まされた迫力があるから、だろうか。

艷やかな木理が鮮やかに表れる拭漆の手法は、今の木工のスタンダードになっているが、その原点には黒田辰秋の仕事があると教えられる。《拭漆楢家具セット》1964・豊田市美術館蔵

■ 第1部は、さながら黒田の代表作大集合の趣き

大胆な展示構成というのは、展覧会を大きくふたつに分け、前半の第1部は1972年に刊行された黒田の作品集『黒田辰秋 人と作品』の掲載作品をそのまま集めて見せたこと。

黒田の生前68歳のときに編まれたこの作品集は、文筆家の白洲正子が編集を務め、写真監修に土門拳、装本は芹沢銈介、志賀直哉、武者小路実篤、川端康成、小林秀雄らがテキストを寄せたという限定300部の豪華本にして、黒田作品集の決定版ともいうべきもの。

この本こそが黒田を語るうえでの最重要資料であるとの認識から、この本で紹介された作品をあらためて展示室に並べてみせることで、黒田の仕事の全貌をまずは示してみせたのだ。

『黒田辰秋 人と作品』は古書価でも5万円は下らない貴重本だが、京都の右京中央図書館が所蔵している模様、閲覧もできる

先に触れた[進々堂]のテーブルセットや、[鍵善良房]の大飾棚のような今も店舗で実際に使用されているものまではさすがに展示されていないが、数多くの個人蔵作品も含めて各地から集められた第1部は、さながら黒田の代表作大集合の趣き。円卓と椅子の家具セットから茶棚、菓子器、茶筒、火鉢に紙刀まで、掲載作品84件のうち、49点が揃う。

個人的には、50年以上前につくられた作品集の制作現場が垣間見えるようでもあり、興味深く拝見。黒田辰秋と白洲正子という個性がこれらを選び、記録し、本の形に収めていったという事実を追体験できるような展示って、まずちょっとあり得ないこと。白洲が黒田のことをどう評していたのかも読みたくなってくる(白洲正子の随筆集『縁あって』にも収録)。

正面に《朱漆欅茶棚》1947、右に《螺鈿総貼小棚》1941、いずれも個人蔵。本展は後に豊田市美術館にも巡回するが、螺鈿総貼という作品の特性上、《螺鈿総貼小棚》は京都でのみ展示

■ 一貫して「美しい線」を追い求めた黒田

黒田は図案制作、素地づくりから漆塗りや螺鈿などの制作をすべて一貫して自身で行った。図面や指示図も一部展示されている

第2部では、展覧会の副題にもある「木」「漆」「螺鈿」に加えて「民藝」の4つをテーマとして、それぞれの作品をまとめて紹介。黒田辰秋といえば、木工作品という印象が強いけれど、漆工芸や螺鈿も本人の中では等しい扱いだったことを解き明かすとともに、各テーマごとの作品の見方まで教えられる。

展示室内で解説されていたことを思いっきり簡潔にまとめると、黒田の木工は木材そのものの特性、美質を最大限に引き出したものであり、黒田に特徴的な朱漆を使った漆工芸は、膨らみや曲線、彫りといった造形の美をあらわにするためのもの。そして、螺鈿は貝という特殊な素材のひとつひとつを組み合わせてそれでしかない質感、個性を生み出したものとされる。

螺鈿の作品は茶器などの小物が中心。素人写真で撮っても作品の魅力も何も写らないので遠景で
《乾漆耀貝螺鈿飾筺》1969・個人蔵。耀貝とはメキシコアワビのこと。黒田はその独特な質感を好んで制作に用いた

そして、家具のような大作でも茶器のような小品でも、黒田は一貫して「美しい線」を追い求めていたという。

この「美しい線」というキーワードの下、各展示作品を眺め直してみれば、冒頭に書いた、引き締まった緊張感の理由も少しはわかった気がする。無駄のない選びぬかれた造形、その奥に確かにある木材そのものの美しさと強さ。それらを統合する黒田辰秋の作家性・・・。

「作品が存在する限り、それを作った責任を追いつづけなければいけない」「この作品ひとつが、地球と代えられるか」と常に自身に問うていたという黒田辰秋。その作品をまとめて見直すことは、鑑賞者それぞれにもきっと得るものがあるはず。

《拭漆文欟木飾棚》1966・京都国立近代美術館蔵。美しい線というキーワードであらためてまじまじと見てみるとどうだろう
展示室最後に紹介される黒田の肖像もイイ。作家自身のドラマよりも圧倒的に作品そのものに語らせる展覧会だが、唯一、1967年の中近東~欧州旅行で黒田が撮影した記録写真と記録映像が最後に紹介されている

会期は来年3月2日まで。月曜日と年末年始休館、観覧料は一般1200円、大学生500円。図録は黒田の作品から宝結紋だけを抽出して表紙にあしらった上製本で、展覧会の内容に拮抗するような佇まいのよさ。デザインは上田英司(シルシ)、3000円。

美術館前の展覧会掲示が慎み深くてかっこよい

取材・文・写真(一部提供)/竹内厚

『生誕120年 人間国宝 黒田辰秋―木と漆と螺鈿の旅―』

期間:2024年12月17日(火)~2025年3月2日(日)
月曜、年末年始(12月29日~1月3日)休館、ただし1月13日・2月24日は開館、1月14日・2月25日休館
時間:10:00~18:00(金曜~20:00) 
会場:京都国立近代美術館(京都市左京区岡崎円勝寺町26-1)
料金:一般1,200円 大学生500円
電話:075-761-4111

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